久しぶりにヒトカラへ行った。
不妊治療を続けていると、時々どうしようもなく感情を吐き出したくなる。
こう言う時にもってこいの曲は、DREAMS COME TRUEの「何度でも」。
何度も打ちのめされても立ち上がる。
そんな歌だ。
始まって早々に泣いた。
それなのに、歌い終わった後に思った。
「近いけど、なんか違う」
私が欲しかったのは応援ソングではなかった
最初は理由がわからなかった。
「何度でも」は名曲だ。
たくさんの人を励ましてきた曲だと思う。
私もこれまで何度も元気をもらった。
でも私が欲しかったのは、
「立ち上がれ」
という言葉ではなかった。
私はもう十分立ち上がってきた。
採卵10回。
移植17回。
流産も子宮外妊娠も経験した。
立ち上がることは知っている。
問題はそこじゃなかった。
私は何を歌いたかったんだろう
家に帰ってChatGPTと話していた。
話しているうちに作詞したくなってきた。
最初に出てきたのは、
不妊治療の苦しさだった。
何度も打ちのめされたこと。
原因がわからないこと。
周りだけが前に進んで見えたこと。
人と関わりたくなくなったこと。
でも書いていくうちに気付いた。
これは不妊治療の歌じゃない。
私の人生の歌だった。
傷跡は悪いものだと思っていた
歌詞のテーマになったのは「傷跡」。
普通なら消したいものだ。
なかったことにしたいものだ。
でも私は、不妊治療を通してできた傷跡が嫌いではなかった。
もちろん辛かった。
できることなら経験したくなかったこともたくさんある。
それでも。
その傷跡があったから、
私は考えるようになった。
人を理解しようとするようになった。
自分を理解しようとするようになった。
ブログを書き始めた。
姿勢改善や体力作りを始めた。
なぜかボイトレまで通い始めた。
そして、こうして歌詞まで書いている。
私だけは知っている
歌詞を書き進める中で、一番最後まで残った一節がある。
この傷跡の過程を私だけは知っている
最初は語呂が悪いかなと思った。
もっと綺麗な言葉もあった。
でも結局、この言葉を残した。
だって本当にそうだから。
採卵の回数も。
移植の回数も。
流産の経験も。
数字だけなら説明できる。
でも、その時何を感じたのか。
何を失い、何を得たのか。
それは私にしかわからない。
傷跡は消えなかった
曲のタイトルは『消えない傷跡』。
最初はネガティブなタイトルに聞こえるかもしれない。
でも今の私は少し違う。
傷跡は消えなかった。
でも消えなくてよかったとも思う。
傷跡があるから今の私がいる。
答えはまだ見つかっていない。
不妊治療の結末だってわからない。
それでも、
あんなに憎かった世界が少しだけ愛おしく見える。
そんな歌ができた。
おわりに
まさか不妊治療をきっかけに作詞をする日が来るなんて思わなかった。
人生って本当にわからない。
ヒトカラで泣きながら「何度でも」を歌っていた私が、
数日後にはオリジナル曲を作っている。
傷跡は消えない。
でもその傷跡の過程を、私だけは知っている。
だから今日も、もう少しだけ振り返りながら今を生きようと思う。
人生はおもしろい。
『消えない傷跡』 作詞:ねむ 作曲:SUNO
