【人間研究#003-01】盛り上げ役になれない私が、「起爆剤担当」を目指すことにした。

🧠人間研究室

研究テーマ

雑談が苦手な私でも、自分らしい関わり方は見つけられるのか。


背景

以前の記事で、私は「深い話ができる友達はいるけれど、もっとフランクに笑い合える関係も作りたい」と書いた。

そんな中で始めたダンススクール。

初めて継続レッスンに参加した日、レッスン前にこんな雑談が始まった。

「街中の川でアライグマが手を洗ってたんよ。」

すると先生が話に入ってきて、

「うちの家の裏にもいるよ。」

「この近くの雑居ビルにも住んでるらしい。」

「え、あんな家賃高そうなところタダで住めるやん!」

と盛り上がり、気づけばみんなで笑っていた。

一人が話題を置き、

みんなが少しずつ話を広げていた。

その時間が、とても心地よかった。


考察

私は昔から「なんで?」を考えることが好きだ。

人の行動。

心の仕組み。

AI。

深い話ができる人には昔から心を惹かれてきた。

でも、本当はくだらない話で笑うことも好きだった。

学生の頃は、何も生み出さないような雑談で笑っていた記憶がある。

それなのに、ここ数年は不妊治療のこともあって、気づけば人生を真面目に考える時間ばかり増えていた。

だから今回のダンススクールで感じたのは、「新しい楽しさ」というより、

忘れていた楽しさを思い出した感覚だった。

そしてもう一つ気づいたことがある。

私はずっと、

雑談が得意な人は「話を広げるのが上手な人」だと思っていた。

でも、あの日の会話を思い返すと違った。

最初の一言がなければ、あの笑いは始まっていない。

話を広げる人も素敵だけれど、

最初の小さな石を投げる人も、とても大切な役割だった。


仮説

私は未来のことや「なぜ?」ばかり考えている。

そのせいか、目の前の日常をあまり見ていない。

だから今まで、

雑談になりそうな小さな出来事も見逃してきたのかもしれない。

でも私は、準備することは得意だ。

その場で面白い返しはできなくても、

「あ、これ今度話そう。」

という小さな石を日常で拾っておくことならできる。

そして、その石を一つだけ投げる。

話を広げるのは、その場が得意な人に任せる。

それが私らしい雑談の仕方なのかもしれない。


今回分かったこと

私は雑談が苦手なのではなく、

雑談が得意な人と同じ役割を目指していただけなのかもしれない。

エンターテイナーになる必要はない。

私には私の役割がある。

それは、

会話のきっかけになる小さな石を投げることかもしれない。

そのために、これからは少しだけ目の前の日常を観察してみようと思う。

未来を見ることも好き。

深く考えることも好き。

でも、少しだけ足元にも目を向けてみたい。

そうしたら、今まで見えていなかった世界や、人とのつながりが少しずつ増えていくのかもしれない。


次回の研究

実際に「石」を拾いながら生活してみようと思う。

どんな話題なら自然に会話が始まるのか。

そして、目の前を見る習慣は本当にフランクな関係を育ててくれるのか。

しばらく実験を続けてみます🧪

🔬関連研究

今回の研究は、こちらの研究から始まりました。

【人間研究#003】ダンススクールに行けなかった理由は、ダンスじゃなかった。

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